日本語教師のお仕事は決して簡単なものではありません。もちろんどのお仕事にもそれぞれ難しい部分があるのは当たり前なのですが、日本語教師にはどのような大変な点があるのでしょうか。

日本語教師は日本語を教えるお仕事になりますが、準備の時間が案外かかるという点が挙げられます。授業のための準備は、ともすると授業よりも長くなってしまったりといったケースもあるようです。

どのような形で授業を進めて行くべきかを考えていたらなかなかまとまらず、気付いたら物凄い時間が経過していたといったケースもあるようです。

そのため、仕事の時間以外でも仕事の事を考える事が多くなり、いつ休んでいるのかよく解らないといった事になりかねないとも言われているのです。これは塾の講師にも言えるのですが、授業は準備しなければ何をすべきか自分自身でも解りません。

そして自分自身が解らないのですから、生徒はもっと解りません。生徒としてもしっかりと教えてもらいたいと思っているものの、教師がてんやわんやとなっているため、こちらもよく解らないといった事になってしまうのです。日本語教師はお仕事なのです。

教わっている方だって真剣なのですから、授業の準備をしっかりと整えるのは当たり前ですが、その準備がどうしても時間を食う部分は日本語教師の大変な部分の一つです。

そしていろいろな国の生徒がいるという点。例えば中国人の場合、漢字はニュアンスが何となく似ているため、飲み込みも早いのですが、漢字などまったく知らない国の生徒からすると、漢字を見ても「記号」にしか見えない事でしょう。

理解度に差が出来てしまうのは仕方ない部分ですが、国が違うから仕方が無い等といった言い訳は通用しません。どの国の生徒であってもしっかりと教えなければならないのですが、現実的にバックボーンの違いによって差が出てくる部分があるのも事実です。

そのため、どうしても生徒の出来に差が出来てしまうのです。ですが、差が出ているからという事で、出来の乏しくない生徒に重点的に教えていると周囲からは「あいつだけずるい」となってしまいます。

あくまでも平等に。これを心掛ける事がとても難しいのです。人間心理として、出来の乏しく無い生徒がいたら「助けてあげたい」と思うものですが、日本語教師として求められている事は、「日本語を教える」という点です。

上達具合に差があるのは仕方ないのですが、平等性を損ね、他の生徒から不平不満が出るようでは論外なのです。この点はとても難しい部分をされています。

ですが、裏を返せば難しいからこそ、その充足感は計り知れないものがあるとも言えます。他のお仕事ではなかなか得られない充足感を得る事が出来るのも事実です。